シャーロック・ホームズシリーズ 「緋色の研究」不問4
シャーロック・ホームズシリーズ『緋色の研究』
原作者 アーサー・コナンドイル
元ネタ ゆっくり文庫
著者 島津じっつー
※この作品はニコニコ動画の投稿者ゆっくり文庫さんの許可の元、動画を元に作った声劇台本です。自作発言。転載はしないようご協力をお願いします
・シャーロックホームズ
ベイカー街221Bに住んでいる諮問探偵。変人として有名であるが数々の難事件を解決している
・ジョン・ワトソン
元軍医であり射撃の名手でもある。戦争で負傷し、傷病兵として送還され、下宿先を探していた時にスタンフォードに会い、シャーロックホームズを紹介される。
・スタンフォード
聖バーソロミュー病院で勤務をしている医者。ジョン・ワトソンと同期であり病院内で知り合ったシャーロックホームズをワトソンに紹介する。
・レストレード
イギリス警察の巡査部長。難解な事件に当たるとホームズに相談をする。
・グレグソン
イギリス警察の警部。ホームズとは衝突する。昇進の為に行動している
・ジェファソン・ホープ
馬車の馭者(ぎょしゃ)をしている。この物語の犯人
※作中にRACHEと出てきますが、ルビが振ってないところはRACHE(アール・エー・シー・エイチ・イー)でお願いします
〜役表〜
ホームズ♂♀:
ワトソン♂♀:
レストレード/スタンフォード♂♀:
グレグソン/ジェファソン♂♀:
_____________________________________________________________
(戦場の銃弾の音 ワトソンは悪夢にうなされる)
ワトソン
「はぁ…はぁ…ぐうっ」
レスト
「ワトソン…」
グレグソン
「ワトソン…!」
ホームズ
「ワトソン!!!」
ワトソン
「はぁっ…!?(悪夢で目が覚める)」
ワトソン
「…くそっまたか…またあの夢か…戦場にいた頃の夢を…気晴らしに酒でも飲みに行くか…」
間
スタン
「…ん?ジョン?もしかしてジョン・ワトソンかい?!」
ワトソン
「…」
スタン
「やはりそうだ!こんな所で会うなんて」
ワトソン
「…えっとぉ…」
スタン
「僕だよ。研修で一緒だったスタンフォードだ!」
ワトソン
「…あぁ、マイク・スタンフォード!覚えているよ、久しぶりだなあ」
スタン
「ああ、三年ぶりだ。君は撃たれて病気になったって聞いたけど」
ワトソン
「あぁ、その通り撃たれて病気になった」
スタン
「今も悪いのか?」
ワトソン
「なにもかも以前のままってことはないさ…そっちはどうなんだい?」
スタン
「俺は聖バーソロミュー病院で教える立場になったよ」
ワトソン
「そうか、それは良かった。」
スタン
「こんな所で話すのもなんだ。積もる話もある。良かったらシンプソンズで飯でも食わないか?」
ワトソン
「あぁ、それはいい案だ」
間
スタン
「そうか…君はマイワンドにいたのか。あの激戦地に」
ワトソン
「あそこはひどいもんだったよ…いやあ、ここのスコーンはうまい。食い納めになるかもしれんな」
スタン
「ワトソン。見た所君は具合が良くない。もしかして眠れていないのか?」
ワトソン
「……まあね」
スタン
「君は今なにをしてるんだい?」
ワトソン
「別に何もしてないさ」
スタン
「え?」
ワトソン
「陸軍から9か月分の生活費を支給された。一日11シリングと6ペンス、その金で酒ばかり飲んでる…何をするでもなく、やりたいこともない…そんな毎日を送っているよ」
スタン
「ジョン。それは良くないな」
ワトソン
「だが、その金も、もう尽きる。田舎に引っ込むか、もしくは下宿を探さないといけないなあ」
スタン
「そうか…オーストラリアに戻るのか?」
ワトソン
「まさか。こっちには知り合いも親戚もいない。だから適当にやっていくとするよ」
スタン
「………それじゃあ、ルームシェアなんかどうだ?」
間
ワトソン
「ルームシェア?私が?誰が私なんかと」
スタン
「フフッ…」
ワトソン
「なんだよ。何がおかしいんだい」
スタン
「いや…そう言ったのは君で2人目だ」
ワトソン
「2人目?僕以外にも…?」
スタン
「あぁ。ある男が同居人に逃げられて困っているらしい」
ワトソン
「その男と喧嘩したのか?」
スタン
「逃げたやつも知り合いなんだが、おそらく彼に耐えられなくなったんだな。かれこれ五人目だよ」
ワトソン
「五人も?彼は変人なのか?」
スタン
「あぁ、すこぶる変人だ。だが悪いやつじゃない。不潔だったり粗暴なわけでもない」
ワトソン
「あー…スタンフォード、それは僕にとっておあつらえ向きの話だが。私は怒りっぽい性格だ。もしかしたら彼と衝突するかもしれないが…大丈夫か?」
スタン
「そうか。それはダメかもしれない…でもダメじゃないかもしれないぞ、ワトソン」
ワトソン
「…なるほど…興味を唆られてきたぞ。ところで、そいつは医者なのかい?」
スタン
「いや、本業は諮問探偵(しもんたんてい)をしている」
ワトソン
「諮問探偵…?」
スタン
「警察が手に負えない事件に当たると、彼に相談をするんだ。」
ワトソン
「そんなんで食っていけるのか?」
スタン
「事件がない時は病院で仕事をしているよ。そこで彼と知り合ったんだ。悪い奴ではないんだが…まあ、変人だな」
ワトソン
「…うむ…」
スタン
「もし興味を示したのであればあとは直接本人と話したほうがいい。明日は家にいるそうだから夕方なら俺も同席が出来る」
ワトソン
「いや、一人で行ってみるよ。それで?その変人さんの名前と住所は?」
スタン
「そうかい…名前はシャーロック・ホームズ。住所はベイカー街221Bだ」
ワトソン
「そうか、ありがとう。私は先に帰らせて貰うよ。お代は…」
スタン
「俺が奢るよ、せっかく旧友と会ったからね」
ワトソン
「…そうか、すまない。ご馳走になった。また会える日を楽しみにしてるよスタンフォード」
スタン
「あぁ…ジョン・ワトソン…君も中々の変人のようだ」
間
ワトソン
「こんにちは。ジョン・ワトソンと申します。スタンフォードに紹介されて参りました、あなたがホームズさんですね」
ホームズ
「ルームシェアの件ですね、私がシャーロック・ホームズ。スタンフォードのご友人という事は、お医者様ですかな?」
ワトソン
「えぇ、その通りです」
ホームズ
「…アフガニスタンにいらっしゃいましたね」
ワトソン
「えぇ…えっ!?スタンフォードに聞いたんですか?」
ホームズ
「簡単な推理ですよ」
ワトソン
「今観察して分かったと言うことですか…?」
ホームズ
「えぇそうです」
ワトソン
「…良ければ説明していただけますか?」
ホームズ
「顔は日焼けしているのに、手首が白い。熱帯地方にいたが、バカンスではない。左手がぎこちなく、やつれた面持ち。大きな怪我か病気、もしくは両方なさった。そして歩き方から軍人。英国軍医が辛酸を舐めた熱帯地方といえば…アフガニスタン」
ワトソン
「…」
ホームズM
「スタンフォードが推薦をした男。危機的な病人ではない、推理の反応を見てみよう…これを言われたのなら大抵は」
ワトソン
「うるせえ!!だからなんだって言うんだ!!」
ホームズM
「と、拒絶するかもしくは」
ワトソン
「貴方は天才だ、是非社会をお救いください!」
ホームズM
「と押しつけるかだが…」
ワトソン
「何故、南アフリカではないと?」
ホームズM
「ほう…」
ホームズ
「ズールー戦争は2年前の事でしたから除外しました」
ワトソン
「……素晴らしい」
ホームズ
「……何ですって?」
ワトソン
「素晴らしい推理ですホームズさん。一目見ただけでここまで分かるとは、恐れ入りました」
ホームズM
「頭がいいのに素直」
ホームズ
「…こりゃまいったな…」
ワトソン
「え?」
ホームズ
「それはそうとここが221Bです。気に入って頂けましたかな?」
ワトソン
「えぇ、それはもう!こんな一等地とは思いませんでした」
ホームズ
「大家のハドソン夫人が特別安くしてくれたんですが、ルームシェアが条件でして…後で紹介しましょう…まあ、お茶でもどうぞ。夫人が入れたお茶です」
ワトソン
「頂きます」
ホームズ
「もうお聞き及びかもしれませんが、7人の同居人が出ていきました。自分でいうのもあれですが僕は奇癖が多いし変わった仕事をしています」
ワトソン
「確か探偵をなさっているとか…今のような推理が現実の事件に通用するんですか?」
ホームズ
「しますとも。まあ、近頃は依頼がなくて退屈はしてますがね…おや?この足音は…」
間
レスト
「ハァッ…ハァッ…ホームズ、一緒に来てくれ!ローリストン・ガーデンの空き家で死体が発見された!」
ホームズM
「息は荒いが汗をかいてない、玄関前から走ってきたようだ。同情を誘う魂胆だろう」
ホームズ
「それで?」
レスト
「グレグソン警部は犯人像を掴めたと言ってるんだが…いつもの如く的外れな気がする。君の推理で、間違った捜査を食い止めてくれ!」
ホームズ
「そういうのはレストレード、巡査部長である君の仕事ではないのか?」
レスト
「…そんな事言わずに頼むよホームズ」
ワトソン
「…まずは話だけでも聞いてみませんか?」
ホームズ
「えっ?」
レスト
「えっと…こちらは?」
ホームズ
「彼はジョン・ワトソン。医学博士だ」
レスト
「あぁ、専門家の方でしたか」
ワトソン
「腕はいいですよ。怪我や死体は見慣れてますから。私の事はお気になさらず、続きをどうぞ」
レスト
「そうですか。えっとぉ」
ホームズ
「(溜息)発見時の状況は?」
レスト
「あっあぁ…!朝7時、警ら中の巡査が空き家のロープが外れているのを見て、まさかと思い確認した所、二階で死体を発見した。」
ホームズ
「空き家の鍵は?」
レスト
「半年ほど前に錠を壊されたのに管理人が修繕を怠っていた」
ホームズ
「死因は?」
レスト
「外傷や争った形跡はなし。どうやら毒物を飲んだようだ」
ホームズ
「身元が分かるものは?」
レスト
「40代、しっかりとした身なりの紳士で持っていた名刺と電報、船のチケットによれば、イーノック・ドレッバー。アメリカ人だ」
ワトソン
「するとアメリカ人旅行者が深夜の空き家に入り込んで服毒自殺したと?」
レスト
「いや、チケットは週末のニューヨーク行きを取っている。普通、自殺する人は船を予約しないだろう」
ホームズ
「それで、電報は?」
レスト
「これだよ(電報を渡す)」
ホームズ
「どれ…JHはロンドンに…スタンガスンより…」
レスト
「それとポケットに7ポンド13シリング、金時計があったから、物取りの犯行ではない。よく見ると床に複数の血痕があって、壁に血文字で『Rache』と書かれていた。それから死体の下に、女性の結婚指輪があった」
ワトソン
「という事は女性が毒を飲ませたか、あるいは被害者が女性の前で毒を飲んで見せたか…?」
レスト
「グレグソン警部が言うには犯人は女性だと言うんだが…」
ホームズM
「違う…面白そうだがグレグソン警部と衝突するな」
ホームズ
「その通りなら私の出番はないようだ」
ホームズM
「調べたい」
レスト
「ホームズ…」
ホームズ
「彼がいる現場で何度下らん事件に付き合わされたことか」
ホームズM
「調べたい」
レスト
「ホームズ!そこを何とか頼む…!」
ホームズM
「警察を迂回して調査するか?もしくは別件でグレグソン警部を呼び出して…」
ワトソン
「とにかく現場に行ってみないですか?」
ホームズ
「っ……分かりました行ってみましょう」
レスト
「本当か、助かる!」
ワトソン
「あの、私も同行してもよろしいですか?」
ホームズ
「えぇ、構いませんよ」
間
(馬車で移動中)
ワトソン
「ホームズさん、ご迷惑でなければ貴方の捜査を拝見させていただきたい」
ホームズ
「ホームズで結構です」
ワトソン
「それじゃ私もワトソンと呼んでくれ」
ホームズ
「同行するのは構わないがワトソン、君は危ない事が好きなのか?」
ワトソン
「私が?何故?」
ホームズ
「君は国の為に戦い、身も心も傷ついたのに居場所がない。なのに怒ってる様子がないばかりか、ふたたび関係ない事件に首を突っ込んでいる。君は底抜けの善人か、危険に魅入られた中毒者のようだ」
ワトソン
「…随分踏み込んでくるな。私はただ、推理が現実に通用するのか確かめたいんだ」
ホームズ
「確かめてどうする?」
ワトソン
「もし通用するなら、シャーロック・ホームズは希望になる」
ホームズ
「希望?」
ワトソン
「正しい行いは報われるという期待感だ。私はそれを信じたい」
ホームズM
「希望を失った男か…僕に出来る事はあるか…?」
ホームズ
「変わった人だ…同居の件だが、この事件の顛末を見届けてから決めるといい」
ワトソン
「いやしかし…」
ホームズ
「同居人の反応は二つ。いきなり嫌うか、期待してから嫌うか。だからシャーロック・ホームズという人間をよく知ってから決めてほしい」
ワトソン
「…分かった」
ホームズ
「馬車はここで止めてくれ」
レスト
「何?まだ現場は100ヤード先だぞ?」
ホームズ
「いいから止めろ!」
レスト
「分かったよ」
(馬車から降りる)
ホームズ
「ここから現場まで歩こう」
ワトソン
「急がなくていいのか?」
ホームズ
「心配するな、死体は逃げないよ。だが現場は刻一刻と荒らされるだろう。だから今のうちに観察をしておく。レストレード、君たちは馬車で来たか?」
レスト
「いや…先に行ってるぞホームズ」
ホームズ
「くれぐれも足跡を踏まないように」
レスト
「分かってるよ」
ワトソン
「ホームズ。一体何を観察するんだ?」
ホームズ
「少しは頭を使ったらどうだ…あっいやすまん今のは…」
ワトソン
「どう使えばいい?こんなぬかるんだ道では、得るものはないと思うが…」
ホームズM
「聞こえなかったはずはない。プライドより好奇心を優先したか」
ホームズ
「……ワトソン、縁石のそばに、ここに轍(わだち)が見えるだろう」
ワトソン
「あぁ、見えるな」
ホームズ
「昨日は雨が降った後に被害者は馬車でやってきた。高さは80㎝、ハードのダイヤ、四輪。車幅が狭く軽量箱型の二人乗りのブルーム。この木の下に馬車を止めた。蹄鉄(ていてつ)は3つほど古く、右前足は新しい。馬車が動いたせいで、車体は前後している。」
ワトソン
「…つまり、どういう意味だ?」
ホームズ
「観察し、記憶をするんだ。何がどうなって関係するかは後になって分かるものだ」
ワトソン
「ふむ…」
ホームズ
「それから…二つの足跡が空き家に向かい、一つが帰ってきてる。帰ってこなかった足跡は先が尖ったエナメル靴。階級は上流。足取りが不安定、往復した足跡はブーツ、労働者、小柄な人物…その先に4フィートの水たまりがあり、エナメル靴は避けたがブーツは飛び越えた。この場所は街灯が少なく、馬車を停めた位置から空き家を判別するのは困難だ」
ワトソン
「……」
ホームズ
「そして残念なことに、ここから先は警官どもの足跡が混じって判別は不可能になった」
ホームズM
「グレグソン警部は私の助言を軽視しているようだ…やれやれ」
ワトソン
「…すごい」
ホームズ
「ん?」
ワトソン
「すごいなホームズ!君の推理の技術はまるで科学だ。科学でもお目にかかれない代物だよ!」
ホームズ
「訓練すればいずれ君も分かってくるさ」
ワトソン
「多少分かるかもしれないが訓練したとしても、僕は君ほど早く推理するのは無理だよ」
ホームズ
「……まいったな」
レスト
「おーいお二方、こっちだ!」
ワトソン
「おっ…二階でレストレードが手を振っている行こう。ホームズ」
ホームズ
「現場の窓を開けてくれとは言ってないんだが…参ったな」
間
グレグソン
「おやおやぁ、ホームズさん。いらっしゃったんですねえ。わざわざご苦労な事ですな」
ホームズM
「グレグソンは自信満々な態度…自分の推理を披露するつもりか」
ホームズ
「どうも…私はレストレードに招かれましてね」
グレグソン
「そうですか…いやあ奇妙な事件ではありましたが、本官は犯人像を割り出す事が出来ましたよ」
ホームズ
「そうですか。どうやら僕の出番はなさそうだ…お邪魔だったようだな?」
グレグソン
「いえいえ、貴方の推理が当たったこともある。ご意見を伺おうじゃありませんか…それで、そちらの方は?」
ワトソン
「ジョン・ワトソン。ホームズの友人で、医者です」
ホームズ
「友人…?」
グレグソン
「ほう!ホームズに友人…お医者様でしたか」
ホームズ
「…オホン、現場を調べてもよろしいかな?」
グレグスン
「構いませんよ。その間、本官は一服して参ります。では後ほど」
ホームズ
「さて、レストレード。動かしたモノはあるか?」
レスト
「死体の傷や持ち物を調べた程度だよ」
ホームズ
「ふむ…」
ワトソンM
「ホームズは死体の口の匂いを嗅ぎ、靴、袖、襟、裾を確認すると。拡大鏡とメジャーを取り出し、這いつくばるように床を調べ始めた」
ワトソン
「レストレードさん。ホームズはいつも、こんな調子ですか?」
レスト
「えぇ、そうですよ」
ワトソン
「見た所、グレグソン警部はホームズと馬が合わないように見えたんですが…」
レスト
「ホームズは有能なんだが、口が悪いのが傷でねえ…先日も警部の妻子が家を出てった事を推理して、それはもう大変な騒ぎになりまして」
ホームズ
「(被り気味で)ワトソン、ちょっと死体を見てくれないか?」
ワトソン
「あっあぁ、分かった…ここでは簡単な所見しか出せないぞ…」
ホームズ
「構わないさ」
ワトソン
「…臭気から青酸カリによる直撃死。顔から緊張と恐怖が見え、毒と知って飲んだ可能性が、死斑(しはん)および死後硬直が顕著(けんちょ)に出ている…角膜の混濁があり、おそらく死後12時間あたりだろう」
ホームズ
「あそこに血痕がある。あれについてどう思う?」
ワトソン
「…怪我や喀血(かっけつ)ではないな。気付かずに歩いているからこれは鼻血かもしれない」
ホームズM
「有能だ」
ホームズ
「ありがとう。十分だ」
間
グレグソン
「戻りました。それで?いかがでしたかな?」
ホームズ
「僕の推理の前に、警部はどのようにお考えかお聞きしても?」
グレグソン
「いいでしょう!まず、素人はこれを見たら自殺か発作と思うかもしれませんが、それでは飛び散った血を説明がつきません」
ホームズM
「つまり床の血がなかったら自殺か発作で処理されていたか」
グレグソン
「そして、決めてはこの血文字です。この『RACHE』は名前です。これは「L」が欠けていますが女性の名前、レイチェル(Rachel)です。まあ夜の商売女でしょうなぁ。ゆうべ、ドレッバーとレイチェルはこの部屋に来たんです」
ワトソン
「こんな暗くて不気味なところに?」
グレグソン
「逢引きとはそういうものですよ。ドレッバーは夜にレイチェルにプロポーズをしたが、疎ましく思われていた為、毒殺されたんですよ」
ワトソン
「それはどうやって?」
グレグソン
「風邪薬かなんかでも言ったのでしょう。男というものは惚れた女には従順なんです。それでドレッバーは最後の力を振り絞り、犯人の名前を書き残した」
ワトソン
「ですが何故部屋の真ん中に倒れているのです?」
グレグソン
「先程も言ったように最後の力を振り絞って死んだんですよ」
ワトソン
「この血は?」
グレグソン
「レイチェルの血です。ドレッバーが殴ったのでしょうな」
ワトソン
「殴られて血を流したレイチェルは自分の名前を書かれるのを黙って見てたと言う事ですか?」
グレグソン
「スペルのLが欠けていたから大丈夫だと思ったんですな」
ワトソン
「警部はそれですぐ分かったと?」
グレグソン
「………先生、貴方は細かい事を気にするお方のようだ」
レスト
「そうか。分かったぞ!皆さん、これはRache(ラッハ)です!これはドイツ語で復讐を意味しています」
グレグソン
「復讐?」
レスト
「はい、被害者は金持ちです。どこかでドイツ人の恨みを買ったのでしょう。犯人はドレッバーを誑し込み、空き家に連れ込んで殺害したのです。そして指輪と血文字で、復讐を示したのです!」
ワトソン
「なんのためにですか?」
レスト
「復讐なんかする奴に、理性は期待しちゃいけません」
グレグソン
「なるほど…一理あるな」
ワトソン
「……」
レスト
「もしくは…自殺の線も可能性はあると…」
ホームズ
「これは他殺です」
ワトソン
「っ…!」
レスト
「えっ!」
グレグソン
「……」
ホームズ
「犯人は小柄の壮年男性で労働者。身長は5フィート程。タバコはトリチノポリを吸っており、見た目は赤ら顔で人差し指の爪が伸びている」
レスト
「ほっホームズ…?」
ホームズ
「(被り気味で)犯人は銃で脅し、被害者を空き家に連れ込んだ。そしたら興奮により鼻血は出てしまったがそれに気が付かなかった。この足跡は一目見れば分かる。また高血圧なら顔は赤いままだ」
レスト
「そうなのか…?」
ホームズ
「毒殺に成功した犯人はトリチノポリの煙草を吸った。よく見るとあそこに灰があった」
グレグソン
「いや、バーズアイの可能性だってあるかもしれないぞ」
ホームズ
「君はタバコを吸ってるだろう!バーズアイは白くて柔らかく、トリチノポリはパサついている黒い灰だ!キャベツとポテトの見分けくらい出来るだろう!」
グレグソン
「なんだとっ…!」
レスト
「ほっホームズ…」
ホームズ
「そして犯人は一服している時に気づいた」
ジェファソン
「しまった…鼻血を撒いてしまった。これでは奴を自殺にする事が出来ない…!長くここにいるのはまずい…。適当な血文字を書いて捜査を撹乱しよう」
レスト
「適当…?」
ホームズ
「犯人がドイツ人ならラテン文字で書くだろうな」
グレグソン
「ふんっくだらんなあ…なんだその推理は」
ホームズ
「今まさに、捜査は撹乱されているだろう。それは事実だ」
ワトソン
「しかし、犯人はどうやって被害者に毒を飲ませたんだ?争った形跡はなかった。被害者は自分で毒を飲んでいるんだ。犯人は手を出す事なく、自殺を強要できるのか?」
ホームズ
「それは僕も気になってる所だが、それは犯人を捕まえたら分かる事だろう」
レスト
「…赤ら顔…そういえば…」
グレグソン
「どうした?レストレード」
レスト
「実はここを封鎖するときに酔っ払いが入ろうとしたので、追っ払いました。確か…小柄で、赤ら顔で…恐らく労働者でした」
ホームズ
「レストレード」
レスト
「ん?」
ホームズ
「そいつが犯人だ」
ホームズ以外
「「「えぇ!?」」」
ホームズ
「君がその酔っ払いを逮捕できたら昇進は間違いなかっただろうな」
ワトソン
「なっ…何故犯人は現場に戻ってきたんだ?」
ホームズ
「この結婚指輪だ。犯人は指輪を落とした事に気付いて日が出てるときに探そうとしたが警察が捜査をしていたから酔っ払いのフリをしたんだ」
ワトソン
「犯人にとってこの結婚指輪はそれだけの価値があるということか」
グレグソン
「馬鹿馬鹿しい。そんなのこじつけだ!他の可能性があるかもしれないでしょう」
ホームズ
「確かに否定は出来ない。しかしこれも可能性だろう?合理的な仮説を検証すべきではないか?そういえば確かこの間も言ったような気がするんだがなあ」
グレグソン
「ぐぐぐっ…!!」
ホームズ
「さて、これ以上喋ると警部の怒りを買ってしまいそうだ。ここからは独自で調べるからそちらは身元を洗ってくれ」
レスト
「とは言っても…どうやって身元を調べれば…」
ホームズ
「被害者の帽子はキャンバーウェル・ロードにある帽子屋で仕立てたものだ。新品だから帳簿を調べれば滞在先が分かるはずだ」
レスト
「おぉ、なるほど」
ホームズ
「それと、スタンガスンを探してくれ。彼は『JH』を警告していた。くれぐれもドイツ人やレイチェルを追わないように。では失礼」
ワトソン
「…でっでは」
グレグソン
「おのれ、ホームズ…!お前なんか居なくてもこの事件は解決してやる…!」
間
ホームズ
「お待たせ」
ワトソン
「どこに行っていたんだ」
ホームズ
「郵便局で電報を打ってきた…しかし意外たっだよ。君が警察相手にあそこまでつっかかるとはな」
ワトソン
「ハハッ…恥ずかしい所を見せてしまった…君の明瞭な推理で興奮してしまってね」
ホームズ
「戦場でもそんな調子だったのか?」
ワトソン
「さあ、どうだったかな」
ホームズM
「頭が良く、正義感が強い。上官との衝突は免れないな」
ワトソン
「それよりホームズ、馭者(ぎょしゃ)が犯人を見てるはずだ、馭者を探そう」
ホームズ
「そうだな、馭者を見つけたらこの事件は終わるな」
ワトソン
「何故?」
ホームズ
「その馭者が犯人だからだよワトソン」
ワトソン
「何!?」
ホームズ
「幸い馬車なら遠く行かないだろう、そして馬車から降りた足跡は二つ。そうなると犯人は馭者になる」
ワトソン
「確かに…!それだったら大都会でも警戒されない。客はわざわざ馭者の顔を見ないし、この辺の土地に詳しいはず…さらにターゲットを好きな所へ連れて行ける!」
ホームズ
「その馭者が本物かは分からないがね」
ワトソン
「だが…君はどうしてそのことを警察に教えなかったんだ?」
ホームズ
「もし教えたらどうなる?」
ワトソン
「それは…早く犯人を捕まえられる…じゃないのか?」
ホームズ
「そう思うだろう?全くの逆さ。さっき現場にグレグソン警部がいたろう?僕が以前、犯人の特徴を細かく教えたらそれを新聞に載せて犯人は逃げたよ!捕まえるのにどれだけ苦労したことか、それで表彰されるのはあの警部だ。全くおかしい話だ」
ワトソン
「では警察を避け、誰かに情報を売るのか?」
ホームズ
「まさか、人が殺されたんだ。僕は人徳に反しない。迅速に逮捕するために独自に行動する」
ワトソン
「…ひとつ、聞いてもいいか?」
ホームズ
「なんだ?」
ワトソン
「君はどうして諮問探偵になったんだ?金の為に解決してるわけでもない、かといって名声を得たい訳でもない。正義の為にやっているのか?」
ホームズ
「それはない…私はただ、緋色の糸を抜き取るだけさ」
ワトソン
「緋色の糸…?」
ホームズ
「ある人が言ったことなんだがね、人生という無色の糸かせには、殺人、犯罪、もしくは悪徳という緋色の糸が紛れ込む事がある、僕の責務は、絡まった糸を選り分け、緋色の糸を抜き取って白日のもとに晒す事だ」
ワトソン
「…犯人に仇を討つってことか?」
ホームズ
「違うよ。僕は謎を解くだけだ。裁く権利はない」
ワトソン
「それほどの頭脳がありながら組織に属さないのか?」
ホームズ
「警察に出来ないことが出来るが、僕は警察に出来ることはできない。警察が取りこぼした謎に向き合う変人がいたって悪くはないだろう?」
ワトソン
「なるほど…それが君の哲学か」
ホームズ
「そんな完成されたものじゃない。生涯をかけた研究だよ」
ワトソン
「…『緋色の研究』…か」
ホームズ「それに、生活のためでもある。レストレードは律儀な人間だ。解決したら報酬はたっぷりくれるだろう」
ワトソン「ハハッ…そいつはいい」
ホームズ
「僕らで犯人を逮捕しよう。ワトソン」
ワトソン
「あぁ!」
ワトソンM
「それからホームズはあちこちと聞き取りをした。住民から第一発見者の巡査、空き家の管理人など。ホームズは愛想はないが話を聞き出すのはめっぽう上手かった。ただ用事が済むと態度が変わり相手を驚かせる事もある。これが私の出来る事かもしれない…などと思っていたが」
間
ワトソン
「はぁ…はぁ…」
ホームズ
「疲れが溜まっていたようだな。馭者(ぎょしゃ)!ストランドのターナーホテルまで頼む」
ワトソン
「なっ…なんで私の滞在先を知ってる…!?」
ホームズ
「君が気にする必要はない。今日は休んだ方がいい」
ワトソン
「しっ…心配はない、足はまだ動ける」
ホームズ
「足じゃない、不摂生で君は体力が落ちているんだ」
ワトソン
「…クソっ…!悔しいが、君の言う通りだ…私は馬鹿だ。期待することを忘れ、備えを怠っていた…!」
ホームズ
「そんな事はないよ、ワトソン」
ワトソン
「…頼む、最後まで見届けさせてくれ…(小声)」
ホームズ
「…なら、221Bで休め…馭者!進路を変えろ。ベイカー街へ」
間
ワトソンM
「ここから記憶が曖昧だった。私はソファで休み、そのまま眠ってしまったようだ。夢なのか、寝てる間に声が聞こえた」
ホームズ
「帰ったよ。ワトソンならソファで寝ている。疲れが溜まっていたようだ。どうだったって…?変わった男だよ。推理に興奮をしながら自分の役目を探している。何というか、初めてな気持ちにさせる。ハドソン夫人、ふざけないでくださいよ。まっ期待するのも馬鹿だが……期待しないのも馬鹿なのかもしれない」
間
ワトソン
「…っ…!朝、なのか?」
ホームズ
「おはよう、ワトソン。顔色を見るに、十分な休養を取れたようだ」
ワトソン
「…すまない、ベッドを借りてしまった」
ホームズ
「ルームシェアのベッドだ。気にする事じゃない」
ホームズM
「今日は出歩かない方がいいか?それともグレグソンが来るのを待つか」
ワトソン
「それで、進展はあったのかい?」
ホームズ
「特にない…」
ホームズM
「…今は考えるのはよそう」
ホームズ
「さてワトソン。朝飯だ、食べよう」
ワトソン
「あっあぁ…」
ホームズ
「ハドソン夫人のレパートリーはさほどないが。工夫はスコットランド女のように素晴らしい」
ワトソン
「それは、どういう意味だ?」
ホームズ
「いやあ、私が食べたり食べなかったりするから工夫をせざるを得ないらしい」
ワトソン
「ハハッそれは苦労してるな…ところでこれは…?」
ホームズ
「チキンカレーだ」
ワトソン
「えっ?朝から…?」
ホームズ
「絶品だぞ?」
ワトソン
「……いや、大正解だ!」
間
ホームズ
「そうだ、昨日の事件が新聞に載っているよ」
ワトソン
「見せてくれ…『ブリクストン怪事件。被害者はドイツ系アメリカ人、イーノック・ドレッバー氏は、行く必要がない空き家で毒殺された。現場には結婚指輪と不気味なサイン。秘密結社による粛清か。不法な暴力事件は自由党の政権下で多発する警察でもっとも経験ある警部のひとりグレグソン氏が本件を担当するのは幸いである』…これはなんだ?」
ホームズ
「現場と報道の乖離(かいり)にはいつも驚かされるよ。おまけに結婚指輪の事も書かれてしまった。拾得記事で犯人をおびき出す手も使えない」
ワトソン
「困ったものだ…」
ホームズ
「そういえばこんな記事もあった」
ワトソン
「どれどれ」
グレグソン
「ブリクストンの怪事件 ドイツ人兄妹を逮捕。4日未明、空き家で毒殺されたイーノック・ドレッバー氏は3週間前からキャンバーウェル・ホテルに滞在していた事が判明した。グレグソン警部は、隣室のヨハン・ハインリッヒとレイチェル兄妹を容疑者として逮捕した。ドレッバー氏とハインリッヒ氏はレイチェル嬢をめぐって口論となり、決闘騒ぎを起こしていた。ハインリッヒ氏は事件当夜の行動を黙秘している」
ワトソン
「なんだこれは…ホームズがドイツ人やレイチェルを追うなと言ったはずなんだが…」
ホームズ
「グレグソン警部の捜査は僕の想像を超える時がある」
ワトソン
「なんという事だ…ところで、今日はどこを調べるんだ」
ホームズ
「多分昼過ぎにグレグソンが来るだろうから昨日の捜査結果を聞こう。スタンガスンが見つかったかどうかで、方針が変わる」
間
ワトソンM
「昼食後、小汚い少年が飛び込んできた。ホームズは少年と何か話をしていた。」
ホームズ
「何か目立った事はないか…何?住所を突き止めた?素晴らしい。つまり目標はしばらくロンドンを離れるつもりがないという事か…ご苦労だった。日当七人分で7シリング。そして追加報酬の1ギニーだ。それとウィギンズ。この手紙を先方に届けてくれ」
ワトソンM
「そう言うと少年は出ていった」
ワトソン
「ホームズ、あの少年は?」
ホームズ
「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ。僕の数少ない有能な協力者達だ」
ワトソン
「あの浮浪少年が?」
ホームズ
「イギリスの警官達より、彼ら一人の方が役に立つよ」
ワトソン
「そんな馬鹿な」
ホームズ
「彼らはどこへでも入り込み、情報を聞き出せる。そう見えないところが素晴らしいんだ」
ワトソン
「そうなのか…ん?待てよ…?もしかして、馭者を見つけたのか!?」
ホームズ
「見つけた」
ワトソン
「だっ…だったら早く捕まえに行こう!」
ホームズ
「犯罪者は自分に近づくものには敏感だ。近づくのはお勧めしない」
ワトソン
「じゃあどうするんだ?」
ホームズ
「この事件、まだ分からない事があるがここに呼び出すようにした」
ワトソン
「ここに…?」
ホームズ
「そういえばグレグソンがまだ来ていないなあ。ヤードに行くしかないか」
ホームズM
「昨日の調査結果がどうなったかも気になる」
ホームズ
「…ん?この足音は、レストレードか?おやおや、母親の花瓶を割った少年みたいな足音だ」
ホームズM
「何か失敗したようだ」
レスト
「ホームズ、非常に困った事になった…グレグソン警部が捕まってしまったんだ」
ホームズ
「…(溜息)どうしてそうなったんだ?」
ワトソン
「昨日、何かあったんですか?」
レスト
「私達は昨日、帽子屋からドレッバーの宿泊先のホテルを突き止めた。そこで聞き取りをしてたんだが…」
間
レスト
「警部。ドレッバーは3週間前から滞在をしていたようです。アメリカ証券取引所に商用があるとかで、何年かおきにこのホテルを利用しているようです」
グレグソン
「そうか、それで?昨日も証券取引所に向かったのか?」
レスト
「いいや、どうも出かけたのではなく、逃げたようで」
グレグソン
「逃げた?」
レスト
「ドレッバーは大変な女好きらしく。昨日は隣室のレイチェルに手を出して、兄のヨハン・ハインリッヒが激怒して決闘騒ぎになったそうです」
グレグソン
「レイチェル…!ヨハン・ハインリッヒ…JH…そしてドイツ人…!」
レスト
「それでドレッバーは逃げたようです」
グレグソン
「決まりだ…!」
レスト
「アメリカ人ていうのは、ああなんですかねえ…それより警部!」
グレグソン
「なんだ」
レスト
「ここにスタンガスンが宿泊する予定みたいです。やはりあの電報は警告だったようですね、スタンガスンが見えたらJHの意味を聞き出しましょう」
グレグソン
「いや、JHはヨハン・ハインリッヒの事だろう。おまけにレイチェルもいる。これは偶然だと思うか?」
レスト
「は?いや…」
グレグソン
「刑事の直感から言うと、この兄妹はクロだ!」
レスト
「警部。それは先入観ですよ」
グレグソン
「そうと分かれば、早速乗り込む。行くぞレストレード!」
レスト
「えっちょっと!待ってくださいよ警部ぅ!」
間
ホームズ
「…その兄妹は早く釈放した方が身の為だ」
レスト
「…もう手遅れだ。それとな、先ほどスタンガスンの死体が発見された」
ワトソン
「っ…!?」
ホームズ
「場所は?」
レスト
「テムズ川沿いの使われていない倉庫だ。スタンガスンは警戒していたはずなのにどうやって連れ込んだんだか…」
ホームズ
「死因は毒殺か?」
レスト
「いや、射殺だ。昨日午後5時ごろに撃たれたようだが、工場の機械で銃声は誰も聞いていない」
ホームズ
「壁に血文字はあったか?」
レスト
「あぁ、あったぞ。やはりマフィアの粛清に見える。それでな…容疑が晴れたハインリッヒ氏は激怒してな。身分が上流だったから署長もカンカンになって、警部は担当を外されてしまった」
ホームズ
「かける言葉が見つからないな…それでそっちの方針はどうなってる?」
レスト
「証券取引所で被害者の身元を洗うつもりだが、正直言って…自信がない。次の被害者が出る前に止めないと…」
ホームズ
「そんな事をしなくても簡単な方法がある」
レスト
「えっ!?そっ…それはどんな方法なんだ…?!」
ホームズ
「今夜、犯人はこの部屋に来る、そこを逮捕すればいい」
レスト
「…ホームズ。ふざけているのか?」
ホームズ
「ふざけてないよ。それなら僕が逮捕して、ヤードまで届けようか?」
レスト
「それはやめてくれ!ちょっと警官を呼んでくるから待っててくれ!」
ホームズ
「それとレストレード。ついでに取ってきて欲しいものがある!」
間
レスト
「ホームズ、鑑識報告が上がってたから持ってきたぞ」
ホームズ
「聞かせてくれ」
レスト
「鑑識結果は、やはり撃たれて死亡している。毒物の服用はなし。ただ、毒は見つかった。現場には割れた小瓶と二つの丸薬が落ちていて片方は青酸カリ、もう片方は無害の洗濯ソーダだ」
ホームズ
「見た目は同じものか?」
レスト
「まったく同じものだ」
ワトソン
「おそらく一錠はスタンガスンを殺す為だろうが、もう一錠はなぜ無害なんだ?」
レスト
「私にはさっぱり分からん」
ホームズ
「……………あぁ、なるほど。殺害方法が分かったぞ」
レスト
「えぇ!?」
ワトソン
「本当か!?」
ホームズ
「犯人はターゲットを銃で殺し、人がいない所に連れ込む。そして犯人はこう言ったんだ」
間
ジェファソン
「お前に決闘を申し込む。ここに二つの丸薬がある。片方は毒、もう片方は無害だ。二人同時に飲み、一人が生き残る。もし応じないのなら容赦なく射殺する…公平を期すため、お前が先に選び、残った方を俺が飲む。勝てば生き残れるだけじゃなく俺を始末できる…100%死ぬか。50%で助かるか…どちらか選べ!スタンガスン!!!!」
間
ワトソン
「……ドレッバーは決闘に応じて敗れ…」
レスト
「スタンガスンは飛びかかって、撃たれた…!」
ワトソン
「しかしなぜわざわざこんな手口を…?」
ホームズ
「怨恨による殺害なのは間違いない、だが卑怯な真似はしたくないんだろう」
ホームズM
「犯人は小柄、銃やナイフで殺すのは難しい。成功すれば自殺に見せかける事が出来る」
ホームズ
「暗殺や粛清にしては、手が込みすぎている。無差別殺人にしてはお粗末な偽装だ。犯人はロンドンで馭者をして、被害者が来るのを待っていた。凄まじい執念なのは認めるが、先は考えていないようだ」
レスト
「馭者?犯人は馭者なのか?」
ホームズ
「あぁ、馭者で、JHの名で暮らしていた。今夜6時にここへ来るよう依頼した」
レスト
「今夜6時って…?」
(ドアをノックする音)
ジェファソン
「あのぉ、馬車屋です。ドクター・ワトソンの依頼でお迎えに上がりました。いらっしゃいますかあ?」
ワトソン
「えっ私…?」
ホームズ
「あぁ、荷物がある!二階に上がってくれ!」
ジェファソン
「はいはい…どちらでございましょうか」
ワトソン
「…身長5フィート…!赤ら顔…!?」
レスト
「あの時の酔っ払い…!?」
ホームズ
「荷物はテーブルの上にある」
ジェファソン
「テーブルの上ですね……こっ…この指輪は…!?」
ホームズ
「君の物だろう?」
ジェファソン
「…貴方様は…?」
ホームズ
「探偵、シャーロック・ホームズ。こちらはドクター・ワトソン、そしてレストレード巡査部長…ご機嫌よう。JH『ジェファソン・ホープ』」
ジェファソン
「…っ!?」
ホームズ
「ドレッバー及びスタンガスン殺害容疑で君を逮捕する」
ジェファソン
「…ふふふっ逃げおおせるとは思わなかったが、こんなに早く捕まるとは思わなかった…」
ワトソン
「…っ!」
ジェファソン
「だがこれで良かったんだ。遺書を書かずに済み…」
(ワトソン発砲し、ワトソン以外驚く)
ワトソン
「次怪しい動きをしたら今度はお前に当てるぞ」
ジェファソン
「じゅ…銃を置くだけです、大人しくお縄につきます」
ワトソン
「…レストレード、手錠を」
レスト
「あっ…わっ分かった!」
ホームズ
「…判断が早いな、ワトソン」
ワトソン
「撃たれてからじゃ撃ち返せないだろう?」
ホームズ
「…もっともだ。さてジェファソン・ホープ。僕は事件の概要を掴んでいる。君は、馭者(ぎょしゃ)をしながら復讐の機会を伺った。毒薬の決闘でドレッバーを殺害。そしてスタンガスンを倉庫に連れ込んで抵抗された為に射殺した…真実を語るなら話は聞こう」
ジェファソン
「…是非、聞いていただきたい。私は妻の仇を討ち、こうして指輪もこの手に帰ってきた。思い残す事はない、ですが真実は伝えたい…」
レスト
「それは裁判まで控えておくべきではないか?」
ジェファソン
「いや…その時に私は裁判にはいないだろう、これは逃げたり、自殺するわけではない…ドクター・ワトソン。私を診察していただけますか?」
ワトソン
「分かった…これは、大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)!?」
レスト
「…どういう症状なんです?」
ワトソン
「大動脈が膨らんだ状態になって、破裂したら即死の症状だ。いつ血管が破裂してもおかしくない!そんな状態でずっと動いていたのか…!」
ジェファソン
「復讐のため20年、無理を重ねましたから…Mr.ホームズ。死ぬ前に聞いてくれますか?私の復讐劇を…」
ホームズ
「いいだろう。聞かせてくれ」
ジェファソン
「…20年前、私は北アメリカにいました…旅をしていた私はソルトレイクシティという街でとある女性と恋をしました。名前はルーシー・フェリア…両想いだった私達は義父に結婚を認めてもらい、この出会いをしてくれた家族に一生尽くすと誓いました…ですがそこでドレッパーとスタンガスンが現れたのです…二人は町の権力者でした。義父はドレッパーの一味に殺され、ルーシーは無理矢理奪われ、病で死にました…私は奴等が許せなかった…!敬愛なる義父と最愛なる妻の命を奪ったクソ野郎達は必ず私の手で殺してやると!町から離れようと、国から離れようと、奴等を殺す為に20年…機会を伺いました…!そしてこのロンドンで復讐を果たしました…良かった…死ぬ前に奴等を殺せて…これで悔いはありません…話を聞いてくれてありがとう…Mr.ホームズ」
ホームズ
「……連行しろ」
レスト
「了解」
ワトソンM
「翌日レストレードから聞いた話ではホープは牢獄で亡くなった。当然捜査は打ち切り、裁判も開かれない。この事件はホームズが解決したのに、新聞では警察の手柄になっていた。その時ジェファソンホープの死に顔は安らかだったらしい。彼の魂は高位の裁きの手に委ねられた…私はそう思った」
間
ワトソン
「…やはり納得がいかない。こういう事は言いたくないが、警察は何もしていなかった。全部ホームズが解決したのに、それを警察の手柄にするなんて」
ホームズ
「別に僕は構わんよ、とにかく謎は解けた。僕の仕事はここで終わりだ」
ワトソン
「……フッ、それもそうだな」
ホームズ
「…期待されると思ってたが、その反応は意外だ」
ワトソン
「期待してるよ。自分の運命にね」
ホームズ
「そうか」
ワトソン
「…そういえば、思い出したんだが。ジェファソンの事で気になってた事があった」
ホームズ
「何だ?」
ワトソン
「決闘に使っていた二つの丸薬だ。あれにはまだ謎がある。いくら卑怯な真似は出来ないとはいえ自分も毒に当たって死ぬ可能性があるだろう?」
ホームズ
「あぁ、あれはトリックだよ」
ワトソン
「トリック?」
ホームズ
「飲む時にすり替えたんだ。無害の丸薬をね。そうじゃないと確実に復讐は出来ない」
ワトソン
「なるほどそうだったのか…!まだそれを警察の奴等が知らないのが救いかもしれないな」
ホームズ
「そういえば…同居の件、まだ聞いていないな…改めて聞くが…私と同居するのか?」
ワトソン
「するとも。病院の仕事を探しながら、時間がある限り捜査に同行したい。次は見学ではないぞ。私の医学が役に立つこともあるだろう。私の事は助手だと思って頼りにしてくれ。…いやぁ、やるべき事がいっぱいだな!」
ホームズ
「まるで人が変わったようだ…」
ワトソン
「これが本来の私だよ」
ホームズ
「さて、同居が決まった訳だから、ホテルの荷物をここに運び入れよう」
ワトソン
「あっ…そういえば置きっぱなしだった」
ホームズ
「僕も手伝うよ」
ワトソン
「助かるよ…よし、ホームズ…私は決めたぞ」
ホームズ
「何がだ?」
ワトソン
「いつか。君の活躍を物語にして発表する」
ホームズ
「僕を?」
ワトソン
「あぁ、君の推理が現実に通用した、この目で見たんだ。だから僕は君を後世に伝えたい。構わないね。ホームズ」
ホームズ
「…あぁ、構わないよ…ジョン・ワトソン。君も、中々の変人だな」
FIN
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